時砂の王

時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)

時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)

 これ本当に小川一水? と読み進めるほどに思ってしまったのは、小川一水プロジェクトX、SFへの夢の仮託だとしか認識していなかったから。知り合いは挫折からの再起として読んでいたというので、そちらの方が近いのだけれども、本作はそれとも少し違う気がする。

 人類の敵ET(Extraterrestrial intelligence → Extraterrestrial Enemy → Evil Thing)と戦うために作られた人工知性体メッセンジャーたちは、時間改変で人類を滅ぼそうとするETを追って過去へ飛ぶ。他ならぬ彼らの干渉で時間樹は分枝し、自分たちが後にした未来やそこに生きる愛する人たちとは二度と会えないと知りながら。
 主人公であるメッセンジャー・オーヴィルは十万年の時の中でわずかな勝利と数多くの撤退を重ねて疲れ果て、それでもまだ人間への忠実さ――未来においてきた思い人の理想――を求め続けて戦う。不朽の想いに、それを知ってなお背負おうとする卑弥呼の強さ。間違いなく小川一水の現時点での最高傑作であり、しかも全く新しい小川一水の始まりになる作品だろう。

 ここからはネタバレになるよ。個人的にはネタバレが怖くて書評(そんな大層なものではないけど)が書けるか、読めるか、という気はするのだけれど、今回ばっかりは既読者対象で書くのでそのつもりで
 「四百枝録」のほとんどはオーヴィルとその同調者が紡ぐ物語であり、サヤカが方向付けたオーヴィルの人格を完成させたのは四百の物語だったはず。そこのオーヴィル独立連隊の物語を2,3編入れてくれたら、さらに作品の深みが増したんではないか、と思う。結局のところ四百枝はカッティの数字で片付けられてしまったわけで、残念でならない。クエンチの最期とか絶対に山場なのに。

 カッティに対して、お前は何もしてない、お前がいなくても自分たちは生きて死ねると言い放つ卑弥呼はほとんどナウシカなんだけれど、オーヴィル亡き後も何が何でも生き延びると宣言した直後にパスファインダーの介入を受けてしまった彼女たちは本当に自分たちだけで生き、死ねたと言えるのか。意気だけはあっても、外来者から与えられた結果だけで矜恃を保てるのか。

 外伝短編3本書いて、加筆修正版として出せばATB入り決定。