血液魚雷 町井登志夫 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

 カテーテルという医療器具がある。細い管で、血管に通して検査や治療を行うものだ。6年ほど前に、カテーテルを用いた検査を受けたことがある。当然ながら、細いとはいえそれだけの異物を通すためには、太い動脈を用いる必要がある(更に言えば、動脈関係の検査だった)。それなりの処置も必要だし、またなまじ挿入部の局部麻酔で済んでしまうので、意識を保ったまま、医者が自分の身体の内部を調べているのをつぶさに見ることになる。肉体的にはやや、精神的にはかなり、つらい検査だった。

 『血液魚雷』では、そんなカテーテルが一歩前に踏み出た(もしくは、踏み外した)装置、〈アシモフ〉が唯一のガジェットになる。カテ先に超高解像度極微CTを装備し、その周囲60cmの血管を三次元的につぶさに見ることができる装置、それが〈アシモフ〉である。当然、『ミクロの決死圏』(アイザック・アシモフ)へのオマージュだが、医療的要素が濃すぎて、ガジェットとしてのインパクトは薄い。放射線科医の主人公祥子が説明を聞いただけではその凄さが分からなかった以上に、多くの読者には凄さが実感できないであろう技術だ。

 しかし、〈アシモフ〉を始めとする様々なカテーテルを駆使して、動脈内を縦横無尽に動き回る新種の寄生虫“血液魚雷”を追いつめていく様子は真に迫る。なまじカテーテル検査を体験しているだけに、祥子がパニックを起こしている場面や、何度も起こる患者の容態急変などは激しく共感してしまい、読了に極めて体力を要した。医療描写としては、かなり上級の部類に入るのではないだろうか。
 裏を返せば、紙面のほとんどが放射線検査室での検査場面にあてられ、祥子の家や元恋人の羽根田医師との確執など、それ以外の要素はぽつぽつとしか書かれていない。その分量配分でもある程度描けているだけに、もっとバランスよく書かれていたらどれだけの傑作になったか、と思わずにはいられない。

 オチだが、帯に堂々と書かれている「第3回『このミステリーがすごい!』大賞落選作品」というとんでもないキャッチが深く納得できるものになっている。即ち、全編通じて引っ張ったミステリ要素を、あまりに当然の形で回収して唐突に終わる。尻切れトンボな嫌いもあるが、祥子の主張する寄生生物観をそのまま表した、すっきりした結末だったと自分は思う。

 ガジェットの時点でSF的には弱く、オチでミステリィとしても弱い、やや中途半端な作品とも言えるが、医療描写の緊迫感だけでも、今年一押しの一冊に挙げる価値があるものだ。

血液魚雷 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

血液魚雷 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)