王狼たちの戦旗(上・下)

王狼たちの戦旗 (上) (氷と炎の歌 2)

王狼たちの戦旗 (上) (氷と炎の歌 2)

王狼たちの戦旗 (下) (氷と炎の歌 2)

王狼たちの戦旗 (下) (氷と炎の歌 2)

 解説で堺三保も書いている通り、エピック・ファンタジー史の文脈において一つの指標となるであろう作品である。目の前で時代が築かれているという快感と興奮が得られる。

 この作品の魅力の一つに、やはり堺三保も指摘してるように、単純な絶対善悪の対立という構図から脱却した複雑なタペストリー構造をしているということがある。冷戦終結をもって、二項対立以外の世界図というのが改めて提示され、それをまず示したのが、二項対立の構図ながら双方の内外でも複雑な人間関係を構築した『時の車輪』シリーズだと思っているけど、二項対立をそもそも描かないというのは確かに西洋ファンタジーでは初めてなのかもしれない。
 もっとも、日本じゃ30年以上前に『グイン・サーガ』が実現してるけど。

 そんなマニアックな新規性を抜きにしても、この作品はすばらしい。運命に翻弄され、完全にバラバラになってしまったスターク家の子供たち、四つの玉座が入り乱れ、一瞬で事態が急変する戦場(ちょっと恣意的すぎる気もするが)、そして次第に明らかになっていく異形人や旧王家の驚異。どれも巧妙な筆致で描かれ、一時も目が離せないようになっている。

ラギッド・ガール

 飛の作品は鮮鋭なイメージを持って読者に浸透してくるものが多い。収録作「クローゼット」はその最たるものだろう。
『グラン・ヴァカンス』*1のジョゼが深層に抱えてる女の原点がここに描かれているわけだけど、今後〈数値海岸〉とどう関わっていくのか楽しみである。

 というわけで、収録作の中では「クローゼット」が一番印象が強かったが、ほかの作品もおもしろかったし、何より〈数値海岸〉誕生の経緯から始まって〈蜘蛛の王〉ランゴーニ誕生で終わる短編集全体の構造が素晴らしかった。
 この作品では未だ〈天使〉やランゴーニの使命については明かされてない(読み落としてなければ)ので、続編(というか当初の二巻)が待ち遠しい。

*1:『廃園の天使』シリーズ第一巻。これを読んでなくても十分におもしろいはずだが、『グラン・ヴァカンス』を読んでいれば、よりいっそう楽しめることだろう。